「うちはアルバイトが1人だけだから」「まだ開業したばかりだから」——労災保険の話になると、まずこう言われることがあります。しかし条文にあたると、人数や規模による線引きはどこにも書かれていませんでした。労働者災害補償保険法第3条第1項は一行です。「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする」。
そしてもう一つ、実務の感覚とずれるところがあります。労災保険の関係は、届け出たときではなく、事業を開始した日(=人を雇い始めた日)に自動的に成立します(労働保険の保険料の徴収等に関する法律(徴収法)第3条)。届出はその後の手続きです。この記事では、(1)適用事業の範囲、(2)保険関係がいつ成立するか、(3)届出の期限、(4)保険料を誰が負担するか、(5)届出をしなかったときに実際に効くのは何か、を順に条文本体で確認します。最後の(5)には、調べてみて意外だった点がありました。
「労働者を使用する事業」が適用事業(労災保険法第3条)
出発点は労働者災害補償保険法第3条です。条文はきわめて短いものでした。
第三条 この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。
2 前項の規定にかかわらず、国の直営事業及び官公署の事業(労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)別表第一に掲げる事業を除く。)については、この法律は、適用しない。
読んでのとおり、業種・規模・法人か個人か・労働者の人数について、条文は何も条件を付けていません。第2項が適用除外としているのは国の直営事業と官公署の事業だけで、これらは国家公務員災害補償法などの別の仕組みが受け持ちます。したがって、アルバイトを1人雇っている個人商店は、条文の文言のとおり適用事業にあたります。
制度の目的は労働者災害補償保険法第1条に置かれています。業務上の事由や通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行うことが目的とされています。人数の少ない職場ほど、けがをした人の収入が止まったときの影響は大きくなります。条文が規模で線を引いていないのは、その趣旨から自然な建て方といえます。
なお、行政の解説では、当然に適用される事業のほかに「暫定任意適用事業」という扱いがあり、個人経営の農林水産業の一部がこれにあたるとされています(群馬労働局の解説)。ただし今回の生検索では、この暫定任意適用事業を定めた条文本体は取得できませんでした。労災保険法第3条自体にこの用語は登場しません。小売・飲食・サービスなど一般の商店については、第3条第1項の原則がそのまま当てはまります。
保険関係は「届け出たとき」ではなく「事業を開始した日」に成立する
ここが実務でいちばん誤解されやすいところです。労働保険の保険料の徴収等に関する法律(徴収法)第3条を引用します。
(保険関係の成立)
第三条 労災保険法第三条第一項の適用事業の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係(以下「保険関係」という。)が成立する。
主語は「事業主については」、動詞は「成立する」です。申請も承認も出てきません。人を雇って事業を始めた日に、その事業について保険関係が成立します。届出は、すでに成立している関係を政府に知らせるための手続きであって、関係を作り出すものではない、という順序になっています。
この順序が分かると、後で出てくる費用徴収の規定の意味もつかみやすくなります。未加入だから給付がない、のではありません。関係は成立しているので給付は行われ、届出を怠っていた事業主からその費用を徴収する、という組み立てです。
あわせて言葉の整理をしておきます。徴収法第2条は、この法律でいう「労働保険」とは労災保険と雇用保険を総称するものだと定め、第2項で「賃金」を「賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うもの」と定義しています。名目にかかわらず労働の対償であれば賃金にあたる、という広い定義です。
届出は「成立した日から十日以内」(徴収法第4条の2第1項)
期限を定めているのは徴収法第4条の2です。
(保険関係の成立の届出等)
第四条の二 前二条の規定により保険関係が成立した事業の事業主は、その成立した日から十日以内に、その成立した日、事業主の氏名又は名称及び住所、事業の種類、事業の行われる場所その他厚生労働省令で定める事項を政府に届け出なければならない。
2 保険関係が成立している事業の事業主は、前項に規定する事項のうち厚生労働省令で定める事項に変更があつたときは、厚生労働省令で定める期間内に、その旨を政府に届け出なければならない。
条文の文言は「その成立した日から十日以内」です。一方、厚生労働省「労働保険の成立手続」の案内では「保険関係が成立した日の翌日から起算して10日以内」と説明されています。初日を算入しない数え方が示されているわけです。数日の差が問題になる場面では、条文の文言と行政の案内の両方を踏まえて、労働基準監督署または労働局に確認するのが確実です。
第2項が定めるとおり、届け出た事項に変更があったときも届出が必要です。事業所を移転した、屋号を変えた、といった場面が該当します。
ここまでの内容の根拠条文と出典リンクは、AI法令調査ツール「ことのり」でご自身でも確かめられます。調べたいことを日常の言葉で入力するだけです。
アルバイトと労災保険をことのりで調べる保険料は賃金総額に料率を掛けて計算し、労災の分は事業主が負担する
金額の計算方法は徴収法第11条にあります。
(一般保険料の額)
第十一条 一般保険料の額は、賃金総額に次条の規定による一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とする。
2 前項の「賃金総額」とは、事業主がその事業に使用するすべての労働者に支払う賃金の総額をいう。
3 前項の規定にかかわらず、厚生労働省令で定める事業については、厚生労働省令で定めるところにより算定した額を当該事業に係る賃金総額とする。
第2項が「すべての労働者に支払う賃金の総額」としている以上、アルバイトに支払う賃金も当然に算定の対象に入ります。料率は事業の種類によって異なり、第12条を受けて厚生労働省令に定められています。具体的な率は業種ごとに違うため、労働局の公表資料でご確認ください。
では誰が負担するのか。徴収法第31条は、被保険者が負担する額を各号で定めています。今回取得できた条文本体を読むと、第1号は「第十二条第一項第一号の事業に係る被保険者」について「イに掲げる額からロに掲げる額を減じた額の二分の一の額」とし、そのイを「当該事業に係る一般保険料の額のうち雇用保険率に応ずる部分の額」としています。
ここで見るべきは、列挙されているものよりも、列挙から漏れているものです。各号が扱っているのはいずれも雇用保険率に応ずる部分であって、労災保険率に応ずる部分は被保険者の負担として挙げられていません。つまり労災保険の分について、働き手の給与から天引きする根拠は条文に置かれていない、ということになります。労災保険料は事業主が負担するもの、という実務の理解は、この条文の作りから来ています。
届出を怠ったときに効くのは、罰則ではなかった
ここが今回いちばん確認したかった点です。1回目の検索は結びで「行政からの指導・罰則の対象となる可能性がある」と書いていました。そこで条番号を名指しして徴収法第46条の条文本体を取りに行ったところ、結論が変わりました。
第四十六条 事業主が次の各号のいずれかに該当するときは、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。(略)
一 第二十三条第二項の規定に違反して雇用保険印紙を貼らず、又は消印しなかつた場合
二 第二十四条の規定に違反して帳簿を備えて置かず、帳簿に記載せず、若しくは虚偽の記載をし、又は報告をせず、若しくは虚偽の報告をした場合
三 第四十二条の規定による命令に違反して報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は文書を提出せず、若しくは虚偽の記載をした文書を提出した場合
四 第四十三条第一項の規定による当該職員の質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した場合
4つの号のどこにも、第4条の2第1項(保険関係成立届)は入っていません。つまり成立届を出していないこと自体は、徴収法上の直接の罰則の対象ではない、というのが条文本体から読み取れる結論です(徴収法第48条は、前二条の違反行為について法人にも罰金刑を科す両罰規定ですが、そもそも第46条に該当しなければ働きません)。
ただし、罰則がないことと、放置してよいことはまったく別です。代わりに用意されているのが次の2つです。
1. 労災が起きたときの費用徴収(労災保険法第31条第1項)
労働者災害補償保険法第31条第1項第1号は、事業主が故意又は重大な過失により徴収法第4条の2第1項の規定による届出であって保険関係の成立に係るものをしていない期間中に生じた事故について保険給付を行ったときは、労働基準法の規定による災害補償の価額の限度で、その保険給付に要した費用に相当する金額の全部または一部を事業主から徴収することができる、と定めています。
読み方の要点は3つあります。第一に、要件は「故意又は重大な過失」であり、単なる過失は含まれていません。第二に、対象は「届出をしていない期間中に生じた事故」ですが、政府が徴収法第15条第3項の規定による決定をしたときは、その決定後の期間は除かれます。第三に、徴収されるのは事業主であって、被災した働き手への給付が止まるわけではありません。同項はほかに、督促状の指定期限後も一般保険料を納付しない期間中に生じた事故(第2号)、事業主が故意又は重大な過失により生じさせた業務災害の原因である事故(第3号)も対象としています。
2. 保険料の追徴金と時効(徴収法第21条・第41条)
徴収法第21条第1項は次のとおりです。
(追徴金)
第二十一条 政府は、事業主が第十九条第五項の規定による労働保険料又はその不足額を納付しなければならない場合には、その納付すべき額(その額に千円未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。)に百分の十を乗じて得た額の追徴金を徴収する。ただし、事業主が天災その他やむを得ない理由により、同項の規定による労働保険料又はその不足額を納付しなければならなくなつた場合は、この限りでない。
政府が確定保険料の認定決定をしたときは、本来の保険料に加えて10パーセントの追徴金がかかります。ただし書きで、天災その他やむを得ない理由による場合は除かれています。
さかのぼる範囲については徴収法第41条第1項が「労働保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によつて消滅する」と定めています。同条第2項は、政府が行う徴収の告知または督促が時効の更新の効力を生ずるとしています。
整理すると、成立届の未提出に対して用意されているのは「罰する」仕組みではなく、「起きたときの費用を負ってもらう」「払っていなかった分を追徴金付きで払ってもらう」という仕組みだ、ということになります。罰則がないから軽い話、と読むのは危うい構造です。実際の負担は、労災が1件起きたときにいちばん大きく出ます。
まとめ:確認する順番
条文本体で確認できた範囲を、実務で使う順に並べておきます。
- 人を雇っているか——雇っていれば、人数・業種・法人か個人かを問わず適用事業(労災保険法第3条第1項)
- いつから成立しているか——届け出た日ではなく、事業を開始した日(徴収法第3条)
- いつまでに届け出るか——成立した日から10日以内(徴収法第4条の2第1項。厚生労働省の案内は翌日起算)
- いくら払うか——賃金総額×料率。アルバイトの賃金も賃金総額に入る(徴収法第11条)
- 誰が払うか——労災保険率に応ずる部分は被保険者の負担として挙げられていない(徴収法第31条第1項)
- 出していなかったら——徴収法第46条の罰則対象ではないが、労災保険法第31条第1項の費用徴収と徴収法第21条第1項の10%の追徴金がある
手続きの具体的な提出先や様式、業種ごとの保険料率は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署・労働局の案内でご確認ください。判断に迷う場合は社会保険労務士へのご相談をおすすめします。
よくある質問
Q1. アルバイトが1人だけでも労災保険は必要ですか?
労働者災害補償保険法第3条第1項は「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする」と定めています。人数や業種、法人か個人かによる区別は条文にありません。アルバイトも賃金を受け取って労働に従事する労働者ですので、1人だけであっても、その事業は適用事業にあたります。同条第2項が適用しないとしているのは、国の直営事業および官公署の事業(労働基準法別表第一に掲げる事業を除く)です。
Q2. 届出をしていなければ、労災保険には入っていないことになりますか?
いいえ。労働保険の保険料の徴収等に関する法律第3条は「労災保険法第三条第一項の適用事業の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係が成立する」と定めています。保険関係は届出によって発生するのではなく、事業を開始した日に成立します。届出はすでに成立している関係を政府に知らせる手続きという位置づけです。
Q3. 成立届はいつまでに出す必要がありますか?
徴収法第4条の2第1項は「前二条の規定により保険関係が成立した事業の事業主は、その成立した日から十日以内に……政府に届け出なければならない」と定めています。なお厚生労働省の案内では「保険関係が成立した日の翌日から起算して10日以内」と説明されており、初日を算入しない数え方が示されています。日数の数え方が問題になる場面では、労働基準監督署または労働局にご確認ください。
Q4. 成立届を出さなかった場合、罰則はありますか?
今回条文本体で確認した範囲では、徴収法第4条の2第1項の届出義務違反そのものは、徴収法第46条が列挙する罰則の対象に含まれていませんでした。第46条が挙げているのは、雇用保険印紙の不貼付・不消印(第23条第2項)、帳簿の不備や虚偽報告(第24条)、行政庁の命令による報告の不履行(第42条)、職員の質問への不答弁や検査の拒否(第43条第1項)の4つです。ただし罰則がないことと不利益がないことは別で、労災保険法第31条第1項による費用徴収と、徴収法第21条第1項による追徴金が用意されています。
Q5. 届出をしないまま労災が起きたら、どうなりますか?
労働者災害補償保険法第31条第1項第1号は、事業主が故意または重大な過失により保険関係の成立に係る届出をしていない期間中に生じた事故について保険給付を行ったときは、労働基準法の規定による災害補償の価額の限度で、その保険給付に要した費用に相当する金額の全部または一部を事業主から徴収することができると定めています。被災した働き手への給付そのものは行われ、その費用が事業主から徴収されるという建て方です。なお同号には、政府が徴収法第15条第3項の規定による決定をしたときはその決定後の期間を除く、というただし書きが付いています。
Q6. 労災保険の保険料は、給料から天引きしてよいのですか?
労災保険の分は事業主の負担です。徴収法第31条第1項は被保険者が負担する額を定めていますが、各号が挙げているのはいずれも「一般保険料の額のうち雇用保険率に応ずる部分の額」に関するもので、労災保険率に応ずる部分は挙げられていません。保険料の額そのものは第11条第1項が「賃金総額に次条の規定による一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額」と定めており、同条第2項の賃金総額は「事業主がその事業に使用するすべての労働者に支払う賃金の総額」ですので、アルバイトに支払う賃金も算定の対象に入ります。
Q7. 何年も届出をしていませんでした。さかのぼって払うことになりますか?
徴収法第41条第1項は「労働保険料その他この法律の規定による徴収金を徴収し、又はその還付を受ける権利は、これらを行使することができる時から二年を経過したときは、時効によつて消滅する」と定めています。また政府が確定保険料の認定決定をしたときは、第21条第1項により、納付すべき額(千円未満切り捨て)に百分の十を乗じた額の追徴金が徴収されます。ただし天災その他やむを得ない理由による場合はこの限りでないとされています。実際の取扱いは事案によって異なりますので、労働基準監督署または社会保険労務士にご相談ください。
Q8. 社長本人や一人親方は労災保険の対象になりますか?
第3条第1項が適用事業とするのは「労働者を使用する事業」であり、給付の対象になるのは使用される労働者です。事業主本人や役員、一人親方は原則として労働者にあたらないため、そのままでは対象になりません。これらの方を対象とする特別加入という仕組みがありますが、今回の生検索ではその条文本体を取得していませんので、本記事では制度の内容には立ち入りません。加入の可否や手続きは、労働局または社会保険労務士にご確認ください。
出典(一次情報)
- 🔗 労働者災害補償保険法 第1条(目的)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働者災害補償保険法 第3条(適用事業)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働者災害補償保険法 第31条(費用徴収)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第2条(定義)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第3条(保険関係の成立)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第4条の2(保険関係の成立の届出等)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第11条(一般保険料の額)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第21条(追徴金)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第31条(労働保険料の負担)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第41条(時効)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第46条(罰則)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の保険料の徴収等に関する法律 第48条(両罰規定)(e-Gov法令検索)
- 🔗 労働保険の成立手続(厚生労働省)
- 🔗 成立手続を怠っていた場合は(厚生労働省)
- 🔗 労働保険関係の成立と対象者(群馬労働局)
※本記事はAIによる調査支援を活用して作成した参考情報です。制度の詳細や最新の取扱いは、必ず一次情報および専門家にご確認ください。